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若槻わかつき 禮次郞れいじろう

1866年~1944年

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桂太郎側近の大蔵官僚として蔵相となり、桂新党を承継して憲政会総裁、首相に上り詰めたが、満州事変にお墨付き与える大失策を犯した元祖官僚政治家

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家系

若槻禮次郞が生れた奥村家は松江藩の足軽身分で貧乏だった。東京進学を志す若槻禮次郞は叔父(実母の弟)の若槻敬に支援を仰ぎ婿養子入りを条件に学資を獲得、帝国大学法科(東大法学部)に進学後約束どおり敬の一人娘トク子に婿入りした。男爵を継いだ一人息子の若槻有格は、東大経済学部を出て日本銀行へ進んだ。