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林銑十郎陸相・永田鉄山軍務局長の統制派コンビによって陸軍中央から締出された皇道派は不満を募らせて次第に過激化し、北一輝・西田税に感化された相沢三郎中佐ら強硬派は統制派に迅速果敢な「国家改造」を迫った。永田鉄山は皇道派の不満をかわすべく「たたかひは創造の父、文化の母である」で始まり総動員体制の軍事国家建設を勇ましく謳いあげる『陸軍パンフレット』を刊行した。この『陸パン』で皇道派は一旦溜飲を下げたが、政財界から猛反発を受けた林銑十郎陸相らが日和見の姿勢をみせたため、皇道派の不満は再燃した。