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張作霖の奉天軍閥を息子の張学良が引継ぎ、拠点の奉天城・北大営に入って新たな満州の支配者となった。父親を日本軍に殺害された張学良は、国民党に合流して日本に対抗する姿勢をとった。張学良軍25万人に対して関東軍は1万人であり、日本の権益と居留民の安全が脅かされる事態となった。一夕会の永田鉄山や石原莞爾らは、関東軍を増強して満州を武力制圧すべしという満蒙領有方針を主張し、陸軍内部で活発に運動した。一方、昭和天皇と西園寺公望らの重臣グループ、幣原喜重郎や濱口雄幸らの民政党は、武力によらずあくまで条約によって日本の権益を守るべしという国際協調路線のスタンスをとった。