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第一次世界大戦による特需景気の反動不況、さらに関東大震災後に乱発した震災手形が膨大な不良債権と化す状況下において、片岡直温蔵相の「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました」という失言を契機に、中小銀行を中心に取付け騒ぎが発生、金融システムが機能不全に陥り、大手商社の鈴木商店が倒産、台湾銀行が休業に追込まれるなど金融恐慌に発展、若槻禮次郞内閣は総辞職に追込まれた。「財界の第一人者」高橋是清は、政友会総裁を譲った田中義一が組閣すると73歳にして蔵相に再登板し弟子の井上準之助日銀総裁と協力し異次元の緊急金融政策を断行した。手形決済や預金払戻しを一時猶予する「モラトリアム」で被害の連鎖を防ぎつつ、片面印刷の200円札を大量に発行し銀行店頭に積上げさせて預金者を安心させた。短期間で金融恐慌を収拾した高橋是清は蔵相を依願退職し政府を退いたが(後任は政友会の三土忠造)、2年後に世界恐慌が勃発し再び渦中に呼戻される。