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中華民国政府(北京政府)は内部抗争により弱体化し、各地に軍閥が割拠する情勢となっていた。帝政を目指した袁世凱が権威失墜して死去すると(暗殺説もある)、北洋軍閥は段祺瑞の安徽派と馮国璋の直隷派に別れ、離合集散の末、日本軍の援助を受けた奉天派の張作霖が北京政府を掌握した。一方、袁世凱に追われた孫文は国民革命党(後の国民党)を結成、英米の援助を受けて抵抗運動を続け、広東を支配して国民政府樹立を宣言、軍閥と北京政府の軍事制圧(北伐)に乗出した。孫文が1925年に亡くなると、蒋介石が国民政府軍事委員会委員長となって実権を掌握し、孫文の遺志を継いで北伐を開始した。