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社会主義者の難波大助が皇太子摂政宮裕仁親王(後の昭和天皇)を虎ノ門で狙撃、親王は無傷だったが山本権兵衛内閣は事件の責任をとり総辞職した(虎ノ門事件)。なお、警視庁警務部長の職にあった正力松太郎は、警視総監湯浅倉平と共に懲戒免官となり、翌年経営不振の読売新聞を買受け社長に納まった。正力松太郎は、軍部礼賛報道で政財界に勢力を増し、大政翼賛会総務を務めたことで東京裁判でA級戦犯指名を受けたが不起訴、米国CIAの協力者となり戦後の政治・言論界で暗躍した。