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第一次世界大戦のバブル景気は戦後も暫く続き、東京株式市場は過熱感を抱えつつも高値を保っていたが、「銀行王」安田善次郎が膨大な保有株のほとんどを一斉に売りに出したため株式相場は大暴落、ベンチマークの平均株価を8百円台から一気に半値以下へ叩落とす凄まじい破壊力であった。多くの成金が振い落されたが、張本人の安田善次郎は株価が大底を打ったところで買戻しに転じ、売値の三分の一の株価でポートフォリオを組直すことに成功した。さらに、突然の株価暴落は安田銀行主導で進められていた満鉄の増資計画にも影響を及ぼし、安田銀行は大量に出た失権株のほとんどを暴落価格で引受けたが満鉄株もすぐに値を戻した。個人資産日本一の安田善次郎は一連の「株価操縦」で更に巨富を積み増したが、インフレ進行で困窮民が激増し米騒動が全国に広がる状況下で世間の激しい恨みを買い、翌年の安田善次郎刺殺事件の引金となった。