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薩長藩閥と軍部の横暴に反発した政友会の尾崎行雄と国民党の犬養毅らが結束し「閥族打破・憲政擁護」をスローガンとする憲政擁護運動(第一次護憲運動)を展開した。尾崎行雄の内閣不信任案は桂太郎政府に揉み潰されたが、護憲派議員は尾崎と犬養毅を「憲政の神様」と祀り上げ大衆運動を扇動、怒れる群集は各地で暴動を起し、第三次桂太郎内閣は総辞職に追込まれた(大正政変)。桂太郎は政友会に対抗すべく桂新党「同志会」を立上げたが間もなく病没、西園寺公望(政友会総裁)から寝返った加藤高明(岩崎弥太郎の娘婿)が同志会総理を継ぎ政権奪回に乗出した。