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日露戦争における日本の勝利は、列強の植民地支配に苦しむアジア諸国に力を与えナショナリズム運動を喚起した。ハワイ華僑の孫文は、1894年にハワイで興中会を組織して中国革命運動に身を投じ、日清戦争後に広州武装蜂起を企てたが失敗し日本に亡命、宮崎滔天・犬養毅・玄洋社の頭山満などの支援で活動を続け、イギリスで清国公使館に抑留された時の体験談『倫敦被難記』などで世界的革命家となった。1905年孫文は頭山満の仲介により興中会・光復会・華興会を統合し東京で中国同盟会を結成、孫文の後継者となる蒋介石もこのとき幕下に加わった。なお、孫文・蒋介石を知る犬養毅は、後に満州事変の事態収拾を期待され首相に就くが、間もなく五・一五事件が起り殺害された。