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憲政党では結党当初から自由派と進歩派の対立が続き、大隈重信首相による自由派星亨の外相就任阻止、共和演説事件による自由派尾崎行雄文相の辞任問題などで、合同は4ヶ月にして行き詰まり、大隈重信内閣は総辞職を余儀なくされた。代わって超然主義(反民党)の山縣有朋内閣が発足した。