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自由民権運動に理解のある伊藤博文が自由党懐柔の動きを見せたため、改進党は小政党を糾合し代議士99名の進歩党を発足させた。主導者の犬養毅・尾崎行雄は大隈重信を事実上の党首に据え、大隈の入閣要請で第二次伊藤博文内閣を揺さぶりつつ松方正義に接近、三菱の岩崎弥之助を動かして進歩党と薩摩閥の縁組をまとめた。伊藤博文は大隈重信入閣に動くも山縣有朋と板垣退助の反対で已む無く退陣、第二次松方正義内閣が発足した。大隈重信が外相に返咲き半政党内閣というべき「松隈内閣」が実現したが、藩閥と政党の合同には無理があり言論弾圧事件(二十世紀事件)を機に進歩党が離脱し内閣は4ヶ月で瓦解、第三次伊藤内閣に代わられた。