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木戸孝允が主導した明治の学制は、役に立たない朱子学中心の教育から脱却し、フランス流自由主義に基づく実利的な教育を目指した。しかし、自由民権運動に手を焼いた山縣有朋ら反民権派は、昔帰りを画策し、徴兵制軍隊にも都合の良い教育勅語をねじ込んだ。天皇を神聖絶対な国家の家父長と規定し、儒教的倫理観に基づいて全国民は家父長たる天皇に忠誠を誓うべしとした。国民感情の形成において幼少教育は極めて重大であり、教育勅語により歪んだ国家・個人観を叩き込まれたこれ以降の世代が昭和の日本を担うこととなる。