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玄洋社の来島恒喜が、官邸に入る大隈重信外相の馬車に爆烈弾を投げつけ、その場で自決した。大隈重信は一命を取り留めたものの右脚切断の重傷を負い、外相襲撃の不祥事に遭い条約改正交渉に行詰まった黒田清隆首相は辞任、山縣有朋が組閣するまで三条実美が首相代行を務めた。「外交通」を自認し井上馨から外相職を奪った大隈重信は何も出来ないまま無念の降板、後任の青木周蔵(長州人)も成果を出せず、第二次伊藤博文内閣で外相に就いた陸奥宗光が悲願の不平等条約改正を成遂げた。