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安田財閥を築いた安田善次郎は、安田一族の資産管理団体「安田保善社」を設立した。20万円から100万円へ増資した安田銀行の資本金を安田保善社の基金と定め、半分の50万円を安田保善社総長名義とし残りを「安田十家族」に分割保有させた。安田十家族は、同家六家(安田善次郎の宗家および安田善四郎・善之助・真之介・三郎彦・忠兵衛)、分家二家(安田文子・善助)、類家二家(太田弥五郎・藤田袖子)で構成され結束を固めた。さらに安田善次郎は同族支配を堅持すべく主要企業幹部の月例懇親会を開催した。当初参加社が安田銀行・第三銀行・帝国海上保険・東京火災保険・共済生命保険・東京建物・明治商業銀行・安田商事の8社だったことから「八社会」と呼ばれ、財閥解体まで安田財閥の経営中枢として機能し芙蓉グループへ受継がれた。