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国会開設の詔を受けて立憲改進党が結成された。大御所の大隈重信が党首に座り河野敏鎌・前島密・犬養毅・矢野文雄ら幹部が党務を差配、大隈重信に近い岩崎弥太郎の三菱が後ろに控え豊富な資金源を擁した。立憲改進党は、自由党より穏健なイギリス流立憲主義を主張し、慶應義塾出身者など都市部の知識人を基盤とした。板垣退助の自由党とは、薩長藩閥・有司専制(官僚支配)を批判し政党政治の実現を目指す点で一致していたが、主義主張の相違から対立することも多かった。