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安田善次郎は、政府の国立銀行奨励策に慎重姿勢であったが、自ら国立銀行条例改正を主導したのを機に腰を上げ、川崎八右衛門(川崎財閥の祖)や松下一郎右衛門(後の東京電燈社長)の協力を得て資本金20万円・うち9万円を安田商店が出資して第三国立銀行を設立、行員の大半は安田商店から出向させた。第三国立銀行は、1897年に八十二銀行と合併し、1923年に安田銀行に吸収合併されるまで存続した。この後の安田善次郎は、第五・第十四・第十七・第二十八・第四十一・第百・第百三・第百十二など多くの国立銀行設立を指導し、外国為替取扱専門の横浜正金銀行(後の東京銀行)の発起人に名を連ね、日本銀行では創立事務御用掛から監事に就いて長年実務を執り、台湾銀行・北海道拓殖銀行・日本興業銀行など多くの政府プロジェクトに創立委員として参画した。銀行の勃興期が終わると、百三銀行をはじめ経営不振に陥った多くの銀行の経営再建を主導して金融界の危機を救い、自他共に認める「銀行王」「金融界の大立者」に上り詰めた。