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征韓論争で参議を辞職した前原一誠が長州不平士族に担がれて反乱を起した(萩の乱)。三浦梧楼(元奇兵隊幹部)少将率いる広島鎮台兵によりすぐに鎮圧され、首謀者とされた前原一誠と奥平謙輔は、島根県令佐藤信寛(元長州藩士で岸信介・佐藤栄作兄弟の曽祖父)の助命工作も虚しく、木戸孝允の指示により山口に遣わされた大木喬任司法卿に引渡され同地で斬首された。前原を担いで実戦を指揮した玉木正誼(乃木希典の弟)と吉田小太郎(吉田松陰の甥で家督相続者)は戦死、松下村塾の塾頭玉木文之進(吉田松陰の叔父で玉木正誼の養父)は責任をとって切腹した。なお、12歳の田中義一も、反乱軍の一兵卒として従軍している。