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北海道開拓史長官の黒田清隆は、ロシアとの紛争が頻発する樺太から撤退して、北海道の開発に専念すべきであると主張していた。日本国内ではこれに反対する意見も強かったが、黒田配下の榎本武揚がロシア公使となって樺太・千島交換条約を成立させた。