日本史年表へ戻る
征韓論争で参議を辞任し佐賀に戻った江藤新平が旧佐賀藩士に担がれ蜂起した不平士族反乱の第1号である。大久保利通(大久保政府)は即座に断固鎮圧を決定し徴兵制で創設したばかりの鎮台兵を投入、激戦の末に鎮圧した。「佐賀が決起すれば薩摩藩の西郷など各地の不平士族が続々と後に続くはず」という江藤新平の目論見は外れ、佐賀でも同調しない者が続出した。江藤新平は東京での裁判を望んだが大久保利通は赦さず僅か2日間の審議で現地で裁断され島義勇と共に即日斬首に処された。司法卿として汚職追及に辣腕を振るった江藤新平は、山縣有朋・井上馨・黒田清隆ら薩長閥政治家にとって目の上の瘤だった。江藤・島ら事件首謀者は1919年に復権を果し赦免・叙爵されている。