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富国強兵政策において教育制度改革を重視する木戸孝允文部卿の主導により、国民皆学政策・学制が導入された。木戸孝允の諮問に応じた慶應義塾の福澤諭吉も重要な役割を果したとされる。学制は、フランスの教育制度に詳しい箕作麟祥が中心となって策定した日本最初の近代的学校制度を定めた教育法令で、大学・中学校・小学校を規定した。小学校優先で直ちに村ごとに学校建設が開始され、僅か3、4年のうちに全国に2万6千の小学校がつくられ、明治中期には就学率が50%に達した。その後1886年には一県一中学校令が施行され、各府県に尋常中学校が開校した。