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横浜毎日新聞(民権派)に続いて、東京日日新聞(長州閥)、朝日新聞(庶民向け)、読売新聞(大衆紙)などが相次いで創刊された。初期の新聞は行政当局の支援に基づく御用新聞から始まったが、自由民権運動の高まりと共に政治問題に論評を加える政論新聞が主流となっていった。1875年に自由民権運動統制のため新聞紙条例が公布された後は、萬朝報など市井の出来事を伝える大衆紙の創刊が活発化した。新聞業界の画期となったのは日清・日露戦争で、各紙は従軍記者を派遣してセンセーショナルな戦争報道を競い合い、号外を連発して庶民の興味をひきつけ、大きく部数を伸ばした。しかし、売れる戦争報道に熱をあげる朝日新聞や毎日新聞などの主要紙は、次第に軍部と結託し、満州事変以降も軍部礼賛を繰返して国民の好戦ムードを煽り、対外膨張主義と軍国主義化を歓迎する世論の形成において極めて重大な役割を演じた。