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幕府軍が芸州口・石州口・大島口・小倉口から山口へ進軍、高杉晋作が山陽道を大村益次郎が山陰道の守備を担った。大村益次郎は、ミニエー銃・ゲベール銃などの新式兵器と巧みな用兵で浜田城を陥落させ石州口から幕府勢力を一掃した。蘭学者の青木周弼は、四境戦争での大村益次郎の活躍を「その才知、鬼の如し」と評した。