日本史年表へ戻る
盗賊に落ちぶれ武士の誇りを失った岡田以蔵は拷問に怯え自供したが、武市半平太らは結束し断固否認を続けたため吉田東洋暗殺の罪状を明らかにすることはできなかった。業を煮やした山内容堂は「主君に対する不敬行為」という曖昧な罪を押し着せ断罪、武市半平太を切腹・岡田以蔵ら4名を斬首・9名を永牢に処した。武市半平太は三度腹を切り裂く「三文字割腹法」で見事な最期を遂げた。生残った志士らもほとんどが土佐藩を脱藩し土佐勤皇党は壊滅、武市半平太が志した「挙藩勤皇」の夢は費え去り、自ら薩長への手蔓を絶った土佐藩は時流に取り残された。