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幕政を握る徳川慶喜は、長州藩主毛利敬親・定広父子に禁門の変の責任を問い謝罪をさせるため、越前福井藩及び西国諸藩に命じて征長軍を編成(35藩・総勢15万人とされる)、五道(芸州口・石州口・大島口・小倉口・萩口)に兵力を配置し藩主親子のいる山口へ向け進発した。征長総督には尾張藩元藩主の徳川慶勝・副総督には福井藩主松平茂昭(春嶽の養嗣子)が任じられた。