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尊攘派浪士団が天誅組の変の復讐と称し但馬生野で挙兵、生野代官所を降伏させるが主将に担いだ沢宣嘉(長州に落ちた七卿の一人)が軍用金を盗んで逃亡し、諸藩兵に攻められあっけなく鎮圧された。首謀者の河上弥市(高杉晋作の親友で奇兵隊2代総管)は戦死し、豊岡藩兵に捕らえられた平野国臣は京都六角獄舎に繋がれ禁門の変の渦中に殺害された。肉落ちて骨枯れ髪も髭も真白で幽鬼の様となった平野国臣は、牢格子の外から槍で突き殺されたといい、平野は自ら格子に近寄り胸を開き二槍で絶命したという。辞世は「見よや人あらしの庭のもみぢ葉はいづれ一葉も散らずやはある」。