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世論に圧された徳川家茂が将軍として230年ぶりに上洛、将軍後見職の徳川慶喜は朝廷の抱込みを図るが病的な異人嫌いの孝明天皇は翻意せず5月10日の攘夷決行を約束させられた。慶喜は後で誤魔化すつもりだったが、この約束が幕府滅亡の導火線となる。このとき家茂将軍は、政治を一任しないなら征夷大将軍を返上する(大政奉還)と開き直ったが慰留されたという。