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長州藩の高杉晋作・久坂玄瑞・井上馨・伊藤博文らが神奈川金沢へ外遊するイギリス公使一行の襲撃を計画、土佐の武市半平太が山内容堂に密告し容堂は長州藩世子毛利定広に急報、高杉らは定広に諄々諭され挙行は中止となった。長土藩士による手打ちの酒宴で泥酔した周布政之助が容堂を侮辱し騒動となったが松平春嶽の仲裁で和解、周布は引責帰国を装うが麻田公輔の変名を名乗り江戸に留まった。