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稲葉清右衛門は、ファナック2代目社長に長男の稲葉善治を据え、善治の長男稲葉清典を同社最年少の35歳で取締役に就けた。しかし、2013年、ファナックと稲葉家に激震が奔った。相談役名誉会長を名乗りつつも、経営会議に君臨して経営本部長や研究本部長の要職を占め子会社代表にも留任していた稲葉清右衛門が、突然全役職を解任されたのだ。IRをしない「謎の企業」故に詳細は窺い知れないが、その5ヶ月前に稲葉清右衛門が稲葉善治社長を除く重役を平取締役に降格し稲葉清典を取締役に昇格させるという異例の「懲罰人事」を行っており、重役陣が2代目社長を担いで反撃に打って出たものとみられる。稲葉清右衛門はようやく経営から身を退いたと伝わるが、絶対君主を失ったファナックが混乱しているとの報もあり、創業者の巻返しがあるのか、劇的な追放劇は未だ終幕していない。