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山中伸弥は、究極のクローン技術「iPS細胞」を樹立したノーベル賞受賞者、男前のスポーツマンで弁舌も爽やかな完全無欠の天才である。山中伸弥が発明したiPS細胞は、非常に単純な方法で、しかも倫理問題を伴う受精卵を使わず体細胞を「ES細胞」と同等まで「初期化」する革新的技術であり、再生医療や創薬への絶大な効果が期待される。世界中で応用研究が進むなか、安倍晋三内閣はiPS細胞研究を国策に据え巨額の予算投下を表明した。東大阪市の町工場に生れた山中伸弥は、名門の大阪教育大附属天王寺中学・高校に学び、父の指導と徳田虎雄の著書で医師を志し神戸大学医学部へ進んだ。山中伸弥は中高は柔道・大学3年からラグビーに打込み、50歳を過ぎてもマラソン完走の体力を誇る。山中伸弥は整形外科の臨床研修医となったが不器用で2年で退職、基礎研究へ転じて大阪市立大学大学院で博士号を取得し、1993年公募採用で米国UCSFグラッドストーン研究所へ留学しノックアウトマウスを得てES細胞研究を開始した。1996年山中伸弥は大阪市立大学に戻ったが理解されず、クローン羊「ドリー」や「ヒトES細胞」樹立に沸く米学界との落差に心を病み臨床医復帰も考えたが、1999年奈良先端科学技術大学院大学の遺伝子教育研究センターに公募採用される幸運に恵まれた。山中伸弥のテーマはES細胞の弱点克服、数万個の候補遺伝子から初期化因子を探す難題であったが、理研・林崎良英の遺伝子DB公開のお陰で絞込みが進み、科学技術振興機構の助成で研究継続、2004年4個の因子遺伝子を突止め「iPS細胞」と命名した。幹細胞学のホープへ躍り出た山中伸弥は京都大学再生医科学研究所およびグラッドストーン研究所の教授に招かれ、肝臓細胞由来のiPS細胞でクローンマウス作製に成功、翌2007年「ヒトiPS細胞」の樹立を発表した。遅ればせながら日本政府も研究支援に乗出し、2012年山中伸弥はノーベル生理学・医学賞を受賞(初期化研究の先駆者ジョン・ガードンと共同受賞)、再生医療への臨床応用や創薬に有用な病態モデル研究(副作用実証等)を見据えiPS細胞製作の最適化と標準化に取組んでいる。