日本史年表へ戻る
2001年「9.11同時多発テロ」が発生、石油富豪で「軍産複合体」の一員である子ブッシュの米共和党政権は即座に「アルカイダ」の犯行と断定しアフガニスタン・タリバン政権にウサマ・ビン・ラーディンらの引渡しを要求、応じないと見るや僅か1ヶ月で「アフガニスタン戦争」に踏切った。米軍は2ヶ月で作戦を終えタリバン政権を崩壊させたが、ブッシュ政権はテロの温床と見做すタリバンの撲滅(石油利権の奪取)に固執し軍隊を駐留し内政に介入、民衆も巻込んだ泥沼の長期戦に嵌り込んだ。ブッシュ政権は米国民の狂気を煽り正体不明な「テロとの戦い」はイスラム圏全域へ波及、「湾岸戦争」で父ブッシュ政権が取逃したサダム・フセインへ矛先を転じ「イラク戦争」に突入した。「①イラクが大量破壊兵器を大量保有している、②イラクはアルカイダと協力関係にある、③先制攻撃しないとフセインはいつ世界を攻撃してくるかわからない」というアメリカの主張は根拠薄弱で、明らかな勇み足に露仏中独は猛反対し国連も同意しなかったが、ブッシュ政権は英豪ポーランドを抱込み伊蘭韓など30余国の「有志連合」でお茶を濁し2003年3月イラク攻撃を敢行、日本の小泉純一郎政権も自衛隊派遣で追従した。米軍は瞬く間にフセイン政権を倒し軍政を敷いたが、重しを除いたことでイスラム宗派対立と民族問題が噴出し内戦状態が出現、悩める米軍は2006年にフセイン・2011年にビン・ラーディンを殺害したが効果は無かった。さらに何処を探してもアメリカの開戦根拠は見つからず、中東の石油利権と軍需産業を代弁するブッシュ政権の「私闘」であることが明白となった。イスラム全域で反米感情が爆発し米軍や露仏からの武器流入でテロ組織が乱立する最悪の事態となり、2012年オバマ米政権は米軍を完全撤退しイラク戦争から手を引いたが、2015年シリア問題にもたつく間にイラク・バアス党の将校群を吸収したISが新たな主役に躍り出た。スティグリッツが「イラク戦費3兆ドルの衝撃」で予期したとおり多くの戦傷病者を抱えるアメリカは戦後も膨大な負担に悩まされ、引けない米軍は学資援助を餌に低所得層を狩り中東の前線へ送り続けている。