日本史年表へ戻る
イチロー(鈴木一朗)は愛知県出身、野球好きな父「チチロー」に小学3年生から英才教育を施され名門の愛工大名電高校野球部へ進み1年生でレギュラー獲得、2度の甲子園出場は初戦敗退に終ったが高校通算打率501を記録し、華奢な体格ながら1992年ドラフト4位でオリックスに滑込んだ。土井正三監督に「振り子打法」を否定されたがイチローは腐らず研鑽を積み仰木彬監督へ代わった3年目にブレイク、一番センターに定着するといきなり210安打・打率385でプロ野球記録を更新し打点王・盗塁王・シーズンMVPも獲得した。翌年の阪神・淡路大震災に奮起したオリックスはパリーグ2連覇を果し、3年連続で首位打者・シリーズMVPに輝いたイチローは「がんばろうKOBE」の象徴となった。7年連続首位打者を達成したイチローは任天堂傘下のマリナーズへ円満移籍、2001年MLBデビューを果すといきなり首位打者・盗塁王・新人王・シリーズMVPを獲得し、以後10年連続で200安打・20盗塁・ゴールドグラブ賞・オールスターゲーム出場(最初の3年間は最多得票)の偉業を果し、2004年には262安打で84年ぶりにジョージ・シスラーのMLB記録を更新、WBC日本代表の看板選手として2度の世界一に輝いた。イチローの広い守備範囲は背番号に因んで「エリア51」と恐れられ代名詞の「レーザービーム」はファンを魅了、起床から就寝まで同じ「ルーチン」で野球に打込む姿勢はサムライと讃えられた。さすがのイチローも歳には勝てず2012年トレードでヤンキースへ出されたが期待通りの成績を残し、2015年出場機会を求め42歳でマーリンズ移籍を選択した。米国でも超一流となったイチローは日本人のMLB移籍に大きく道を拓き、『ベースボール・アメリカ』の「2000年以降最高のMLB選手」でプホルス・バーランダー・Aロッドらを押えて断トツ1位に輝き「殿堂入りが確実な5人」にも選ばれている。2015年を終えイチローの通算成績はNLB1278安打・打率353・盗塁199およびMLB2935安打・打率314・盗塁498、日米通算安打は4213となりピート・ローズの世界記録4256は目前である。