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1991年ソ連が軍拡競争で自滅し冷戦が完結、軍拡の名分を失ったアメリカでは軍事費縮小と経済再建予算増額を求める至極妥当な世論が高まり、ゴルバチョフが示唆したように「新しい敵を探さなければならない」事態に直面した。石油富豪で「軍産複合体」の一員である父ブッシュの共和党政権は、イラク・イラン・アフガニスタン・リビア・北朝鮮ら「ならず者国家」を新たな脅威に仕立て、「湾岸戦争」で乾坤一擲の巻返しに出た。イラクのサダム・フセイン政権は、もともとアメリカが仇敵イランへの対抗馬として軍事大国に育てた経緯があり、増長したフセインは米軍の介入は無いと信じ「クウェート侵攻」を強行したが、新たな敵を求めるブッシュ政権の好餌となった。日本の経済力を「米国の死活的脅威」の筆頭に掲げるアメリカは、湾岸戦争を口実に海部俊樹・宮澤喜一内閣から膨大な上納金を巻上げたうえ、「国際社会は日本の財政的貢献を評価しなかった」というアマコスト駐日大使らの偏重情報で宮澤内閣を揺さぶり「PKO協力法」で自衛隊のカンボジア派遣を引出した。小沢一郎幹事長・橋本龍太郎蔵相は「積算根拠もないままに」ブレディ米財務長官の要求額を支払い続け湾岸戦争協力金は130億ドルに膨らんだが、それでもアメリカは「遅すぎる、少なすぎる」と批判し更なる人的貢献を求めた。父ブッシュ政権は、軍縮世論を封じるため過剰に「ならず者国家」の脅威を煽り、「国防費の維持は不可欠→軍事費負担をアメリカに押付け経済競争に勝った日本はケシカラン→日本への防衛協力要求と経済破壊政策は正当」との強引なロジックで世論の矛先を日本へ向け超軍事大国の維持に成功した。1993年父ブッシュ政権は1期で倒れたが、続くビル・クリントンの民主党政権は対日懲罰を強め、2001年発足の子ブッシュ政権は「9.11」の口実を得て「予防戦争」「テロとの戦い」を開始しアフガニスタン戦争・イラク戦争の暴挙を犯した。日本ではブッシュの「ポチ」小泉純一郎が政権に就き、対テロ戦争に迎合し2003年イラク戦争に自衛隊を派遣、急激なアメリカ化と市場開放(小泉構造改革)は日本経済を破壊し「格差社会」の弊害も呼込んだ。