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鈴木敏文は、中央大学からトーハンを経て1963年「イトーヨーカ堂」入社、米国発祥のCVSに着目し創業家の伊藤雅俊社長の支持を得てサウスランド社のライセンシーとなり1974年「セブン-イレブン」を開業した。「安くないミニスーパー」は当初苦戦したが業態確立を期す鈴木敏文は決して妥協せず、「セブン-イレブンいい気分」のCMと出店攻勢で価格より利便性を求める都市若年層の潜在需要を掘起し、1979年株式上場を果し翌年1千店を突破した。狭小な店舗に品揃えや配送の効率化は必須だが、鈴木敏文はドミナント出店と多頻度小口配送・ベンダー集約化・POS「単品管理」と需要予測・EDB決済・FC店舗監督など独自のシステムを構築、「30坪で平均年商2.5億円」の高効率ビジネスは零細小売店のFC加盟を促し小資本ながら短期間で大量出店に成功した。1990年代に入ると模倣「コンビニ」が乱立し市場飽和が懸念されたが、鈴木敏文は主力の弁当やスイーツの高度化、チルド・おでん・フライヤー・ゲームソフト・各種チケットなど商品ラインの拡張、公共料金等の収納代行サービス、店内ATMと「セブン銀行」開設など次々新機軸を打出し、抜群の収益性を確保しつつ国内市場を制覇した。一方、鈴木敏文は1991年経営破綻したサウスランド社を買収し米国展開を加速(→「7-Eleven,Inc.」)、アジア進出にも注力し、セブン-イレブンは日本17千店・海外36千店(米国8千、タイ・韓国7千、台湾、中国の順)を擁する国際企業へ発展した。営業利益の8割を稼ぐ「セブン-イレブン・ジャパン」はIYグループの中核となり、2005年鈴木敏文はイトーヨーカ堂を逆統合し持株会社「セブン&アイ・ホールディングス」を設立、同年ミレニアムリテイリング(そごう・西武)の電撃買収で売上高5兆円を誇る日本最強の流通グループへ躍進させ、伊藤雅俊の引退に伴い独裁者となった。2015年末現在83歳の鈴木敏文は主要3社の会長兼CEOに君臨、更なる流通再編を睨みつつPB「セブンプレミアム」による川上制覇と高齢者需要開拓を推進し、次男の鈴木康弘をセブン&アイHDの取締役CIOに引上げ世襲を宣言した。