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岡田卓也は、M&Aと出店攻勢で流通再編を牽引したGMS王国「イオン」の創業者、マイカル買収で躍進したがダイエー再建に手を焼く。「四日市岡田家」7代目の岡田卓也は、学徒動員から復員し早稲田大学商学部在学中に家業を継ぎ「岡田屋呉服店」を再開、1958年近鉄四日市駅前に「オカダヤ百貨店」を開業した。ダイエーなどSMチェーンの勃興をみた岡田卓也は業態転換に挑み、1969年傘下8社と共同仕入機構を創設し翌年「ジャスコ株式会社」を設立した。岡田卓也は「大黒柱に車をつけよ」の家訓に従い「岡田屋」の暖簾を捨て大阪へ本社移転、豊富な資金力を武器に全国の流通業者を次々買収し迅速果敢な「スクラップ&ビルド」で優位性を確立、1974年株式上場を果した。セブン-イレブンとローソンの台頭をみた岡田卓也は1980年「ミニストップ」でコンビニ参入、本社を幕張「イオンタワー」へ移しPB「トップバリュ」の商品拡充で利益率を高め、社名と店名を「イオン(AEON)」に統一した。岡田卓也の卓見は大規模店舗の重視にあり、ジャスコ創業と同時に三菱商事と「ダイヤモンドシティ」を設立(現イオンモール)、「狐狸が出る場所」を選び低コストで巨大店舗を展開した。イオンのGMSは郊外開発とロードサイド化を先取りする形で発展、日本全国を埋尽くし地方経済のコアとなった。流通再編の勝者となった岡田卓也は2001年更生会社マイカルを買収しイオンは業容急拡大、買い手の本命ウォルマートが9.11テロの影響で降りたことが幸いした。勢いに乗る岡田卓也は2007年産業再生機構からダイエーを買取り連結売上高5兆円を達成したが、「ダイエー再建がイオン成長の試金石」といわれるなか、数少ない幹部人材をダイエーにとられ肝心の海外展開やコンビニ・百貨店増強に手が回らず、イオンは成長鈍化に陥り「流通二強」の宿敵「7&I」に水を開けられた。岡田卓也は1984年会長に退き、1997年総会屋事件で逮捕された田中賢二に代え長男の岡田元也を4代目社長に据えたが、90歳の今もイオンに君臨する流通再編の主役である。なお衆議院議員となった次男の岡田克也は2015年民主党代表に返咲いている。