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1968年核兵器保有国にして国連常任理事国の米ソ英仏中は、新たな核保有国の出現を阻止すべく国連62か国を巻込み「核拡散防止条約」を成立させた。が、日本の佐藤栄作首相は「核保有国は非保有国に対して核兵器を使ってはならない」という非保有国側が当然主張すべき前提条件を要求し保有国の自分勝手を質した。「核を所有する国が自分のところは減らそうとせず、非核保有国に核をもたせまいとするのはダメで、このような大国本位の条約に賛成することはできるはずがない。『他国の核の傘に入りたい』などといったり、大国にあわれみをこうて、安全保障をはかることは考えるべきでない・・・現在の日本は米国と安全保障条約を結んでいるが、日本はまだ米国の傘のなかには入っていない」という主権国家としての堂々たる態度で、佐藤栄作首相の主張は国連の理解を得て「非核保有国の安全保障に関する安保理決議」に結実したが、「大国本位」はビクともしなかった。この後の1972年「沖縄返還」を達成した佐藤栄作首相は「非核三原則」などによりノーベル平和賞を受賞している。ただしノーベル賞といっても、成果が明らかな物理学賞・化学賞・医学生理学賞と異なり、平和賞は政治臭が強く大きな意味は無い(文学賞・経済学賞も)。