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吉田茂首相が推し進める日米行政協定の案策作業の過程で、大蔵省幹部の宮澤喜一はアメリカが日本の同意なく自由に米軍基地の立地を選定できる点に異議を唱え「講和が発効して独立する意味がないにひとしい」と当該規定の削除を外務省に申入れた。宮澤喜一の指摘は至極当然であったが、吉田茂の腹心で日米安保・行政協定交渉担当大臣の岡崎勝男は姑息な隠蔽工作でウヤムヤにした。宮沢喜一曰く「この規定は行政協定そのものからは姿を消したが、『岡崎・ラスク交換文書』のなかには、そのままこの規定が確認されていて、しかも私がそれを知ったときは、すでに行政協定は両国のあいだで調印を終わっていた」。この直後、外相を兼任していた吉田茂首相は岡崎勝男に外相を譲り犬馬の労に報いている。