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1947年、GHQ作「日本国憲法」制定の大任を果した第一次吉田茂内閣が退陣し、総選挙で第一党に躍進した社会党左派の片山哲が組閣した。社会党内閣に対しGHQ内部では、反共主義のウィロビー部長の参謀第2部(G2)は警戒したが、ホイットニー局長・ケーディス次長ら社会主義思想家が多い民政局(GS)は革新政権を歓迎した。米ソ冷戦が未だ緊迫化していない国際情勢も手伝い、マッカーサーはキリスト教徒の片山哲首相を支持し、鳩山一郎の公職追放のようなGHQの横槍は入らなかった。とはいえ、さしものGSも左傾し過ぎた平野力三農林大臣の解任を要求し、これに従った片山哲首相は急進左派の40議席を喪失、片山内閣は総辞職に追込まれ9ヶ月余の短命政権に終わった。重光葵が嘆いたとおり「占領下の日本政府などというものは、あってなきがごときもの」であった。