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キヤノン創業者の御手洗毅は終戦間もない1945年10月1日の事業再開に際し「諸君、旧海軍の零式戦闘機は、世界一の性能を持っていたという。日本は戦争には負けたが、われわれには彼らに負けない立派な頭脳のあることが、これでも立証された。われわれは、この頭脳と多年続けてきた技術研究の成果を生かして、世界一のカメラをつくろうではないか。日本は、これから大いに外貨を稼がなければならぬ。諸君、わが社が真っ先に立上がろう」と社員一同に奮起を促した。御手洗毅の宣言どおり、キヤノンは「ライカ」など先発のドイツ勢を技術力で圧倒して世界一のカメラメーカーへ飛躍し、安住することなく複写機・プリンター・デジタルカメラと多角化を推進、「立派な頭脳」を再び証明し日本に膨大な外貨をもたらした。御手洗毅は1984年に没したが、技術革新と情報化の流れに沿って融通無碍に新分野に進出し高い国際競争力を発揮し続けるキヤノンは2015年現在も「メイド・イン・ジャパン」の優等生である。ただし、御手洗冨士夫(御手洗毅の甥)が経団連会長となり「偽装請負」や「大光」裏金疑惑にかまけている間、2008年の「リーマンショック」以後キヤノンの業績と株価は低迷を続けており、創業者の素晴しい遺産を食潰さないことを祈りたい。