日本史年表へ戻る
GHQは民間検閲支隊を設置して徹底的な検閲を開始、1952年の占領終結まで継続された。検閲スタッフには「高度な教育のある日本人五千名」が高給で採用され、経費は日本政府から吸上げる「戦後処理費」でまかなわれた。吉田茂政権のもと日本人には秘匿されたため現在でもあまり知られていないが、GHQの言論統制は新聞・雑誌・書籍の事前検閲および発禁に止まらず、戦時中の憲兵隊さえ行わなかった個人の信書開封・翻訳を年間何千万通もの規模で行い、日本人全体の思考把握とコントロールを図るものであった。史上希にみる徹底的な言論統制の結果、発行停止を恐れる新聞各紙は「自主規制」に奔り、言論界・学会の隅々までアメリカ批判をタブー視する風潮が確立されていった。