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ソ連の対日参戦回避と第二次世界大戦後の世界において核兵器による主導権の確立を目論むトルーマン米大統領は、ラルフ・バード海軍次官ら米国内良識派の反対を抑えて原爆投下を強行した。広島市内には約34万人の民間人がいたが、1945年末までに14万人が実験動物のように殺戮された。その後も放射能の後遺症による死者は後を絶たず、現在でも被爆二世、三世の多くの人々が遺伝子異常に苦しめられ、差別や偏見に曝され、生来の不安を抱えながら生活することを余儀なくされている。原子爆弾の標的は原爆開発計画の当初から日本に定められ、白人国のドイツは対象にされなかったことの意味は深い。明らかに無防備の民間人を狙った虐殺行為であり、「日本の降伏を早めて本土決戦を回避したことで多くの米兵戦死者を出さずに済んだ」という米国の主張にも一理あろうが、やはり史上最悪の戦争犯罪・悪魔の所業というべきであろう。