日本史年表へ戻る
ベルリン郊外ポツダムにおいて、トルーマン米大統領(ルーズベルト死去により後継)、チャーチル英首相、スターリン・ソ連共産党書記長が会談し、日本への無条件降伏勧告と植民地・占領地の剥奪、戦争犯罪人の処罰、民主主義体制の確立など太平洋戦争終結の条件を決定し、「ポツダム宣言」が発表された。鈴木貫太郎政府が回答を逡巡しているうちに、毎日新聞や読売報知が「笑止!」と煽り世論も傾いたため、「本土決戦」に固執する軍部は「完全無視」の声明を出すよう政府を突上げた。このため鈴木貫太郎首相は、米内光政海相の助言を受けて、「ポツダム宣言はカイロ会談の焼き直しであって、政府としてはなんら重要な価値があるとは考えない。ただ黙殺するだけである。われわれは戦争完遂に邁進するのみである。」と発表、外国の新聞は「黙殺」を「拒絶」と報じ、米ソに日本攻撃の口実を与えてしまった。