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戦艦大和撃沈の日に、無策の小磯國昭内閣に代わって鈴木貫太郎内閣が発足した。鈴木は歴代首相中最高齢の77歳だった。鈴木は海軍出身だが、侍従長として長く天皇に近侍し、軍部に「君側の奸」と憎まれて二・二六事件で襲撃されて瀕死の重傷を負ったが、腰砕けの重臣グループにあってなおも軍部への抵抗姿勢を崩さなかった硬骨漢であった。鈴木は高齢を理由に首相就任を固辞したが、信任厚い昭和天皇から懇請され、貞明皇后からは「どうか陛下の親代わりになって」とまで言われ、「最後のご奉公」に乗出した。陸相には強硬派の杉山元に代わって無派閥の阿南惟幾が就き、海相は良識派の米内光政が留任した。鈴木貫太郎首相は、当初は軍部が固執する「本土決戦」に調子を合わせたが、最後には決然と「終戦内閣」の役割を演じ切った。