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1945年4月5日、ソ連のスターリンは小磯國昭政府に日ソ中立条約の廃棄を通告した。日ソ中立条約には廃棄通告後1年間の効力存続規定があったが、原爆投下に焦ったスターリンは8月9日に満州侵攻を断行、8月15日に日本はポツダム宣言を受諾したが「降伏文書調印までは交戦状態」との屁理屈で早々に武装解除した日本軍に襲い掛かり在留邦人を殺戮した。ソ連の対日参戦は、米英ソのヤルタ合意の履行ではあるが、日ソ中立条約上は違反であった。