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小磯國昭内閣が打出した「本土決戦完遂基本要綱」なるものは、要するに「実現不可能な大動員をかけて兵の数だけ増やし、人海戦術によって敵を海に追い落とす」という信じ難い「戦争方針」であった。さすがの無理無謀に陸軍内にも「実に十二、三歳の少女に子供を産めというに等しい」と呆れる声があったが、継戦のみに妄執する参謀本部の秦彦三郎次長や宮崎周一作戦部長は耳を貸さず、無能な小磯國昭内閣は正式な国策にしてしまった。