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小磯國昭内閣は、開戦時には20-40歳だった徴兵年齢を17-45歳に拡大、既に限界に達していた総動員体制を格段に強化し「根こそぎ動員」を断行した。小磯國昭内閣の暴挙により、1940年に172万人(陸軍150万人、海軍22万人)だった現役軍人数は、1945年8月には719万人(陸軍550万人、海軍169万人)と男性人口の20%にまで膨れ上がった。働き手をとられた農村の欠乏は深刻化し、農業生産も打撃を受けて食糧難に拍車をかけた。また、徴兵による労働力不足を補うため、学徒動員と称して中等学校以上の男女生徒全員に軍需工場などでの就労が義務付けられ、戦争末期には国民学校初等科以外の授業は1年間停止される事態となった。