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ナチス・ドイツから中東を奪還したルーズベルト米大統領・チャーチル英首相がカイロで会談(蒋介石中華民国主席も出席)、日本を無条件降伏に追込むまで共同で戦うこと・日本打倒後の支配地の剥奪などで合意し「カイロ宣言」を公表した。停戦条件を無条件降伏に限定された東條英機政府は一切の妥協手段を絶たれ、かといって軍部が受入れるはずなく、国土が壊滅するまで戦うほか選択肢が無くなった。が、間もなく米軍機動部隊のトラック島空襲で海軍拠点が壊滅、首相に陸相を兼ねる東條英機は杉山元から参謀総長職を奪って陸軍を完全掌握し、「大本営発表」で戦局悪化を偽りつつ本土決戦へ向け戦意発揚に努めた。海軍でも「東條の男めかけ」といわれた嶋田繁太郎海相が永野修身を更迭し軍令部総長を兼務、東條内閣への協力体制をとった。