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山本五十六の連合艦隊司令部が推進するミッドウェー海戦計画を、陸軍が支援し、海軍軍令部が承認して実行に移された。ハワイ占領に向かう前哨戦として、真珠湾攻撃後残り少ないアメリカ軍の空母を叩いておこうという作戦であったが、戦勝に浮かれた山本五十六の連合艦隊司令部は、痛打を与えた後に早期講和に持ち込むという初志を忘れ、杜撰な計画のもとに作戦を強行した。アメリカの空母3隻に対して日本は4隻と優位な戦いであったが、南雲忠一機動部隊指揮官の大失策などにより、日本の4隻が全滅、敵の撃沈は1隻のみという想像もしない大敗を喫してしまった。連合艦隊は主力空母4隻を失ったことで真珠湾攻撃の戦果が帳消しとなり、一戦で攻守の立場が逆転してしまった。ミッドウェー海戦の敗報は秘匿され国民も陸軍も知らなかったが、日本軍の快進撃はこの敗戦で早くも終焉し、以後はアメリカ軍の圧倒的な物量作戦の前にジリ貧となる。