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石川信吾らが主導した大鑑巨砲主義の象徴、戦艦大和が就役した。四十六センチ主砲(9門)は、42キロ先の厚さ40センチの鋼板を貫通するという凄まじい威力をもっていた。しかし、皮肉にも日本海軍自身が実証したように海戦は航空戦力中心の戦いに移行しており、後に「大和ホテル」と渾名され膨大な燃料を食うだけの無用の長物となってしまった。