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東部戦線の準備を終えたナチス・ドイツのヒトラーは独ソ不可侵条約を破棄してソ連に宣戦布告し「バルバロッサ作戦」を発動、第二次世界大戦において最も激烈で多数の死傷者を出す「独ソ戦」が始まった。僅か2ヶ月前に松岡洋右外相がソ連を訪れ日ソ中立条約を結んでいたが、ヒトラーはソ連を攻めないとの約束を破り日本に何の通告も無く突如ソ連へ侵攻した。攻められたスターリンもチャーチル英首相もヒトラーの暴挙を読んでいたが、寝耳に水の近衛文麿内閣は激しく動揺し、面目を失った松岡洋右外相は「日独伊ソ連携構想」の舌の根も乾かぬうちに「南進論を放棄して直ちにソ連を挟撃すべし」と主張、御前会議は「北守南進政策の維持」を決定したが、外相を外されても諦めない松岡は田中進一ら陸軍中枢と結び事実上の対ソ開戦準備「関東軍特種演習」を強行した。