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三国同盟成立により英米が日本の正面敵国となったのを受け、また英米から蒋介石軍への軍需物資輸送路(援蒋ルート)を遮断するため、陸軍と近衛文麿政府は北部仏領インドシナ(仏印)進駐を断行、親独のヴィシー仏政権はインドシナにおけるフランスの主権を認めることを条件に日本軍の平和進駐を承認した。が、血気に逸る日本軍の暴走で仏印軍と交戦、近衛文麿政府が世界の非難を浴びるなか責任者とされた富永恭次参謀本部第1部長が更迭され後任に最強硬派の田中新一が座った。とはいえ、ドイツの傀儡というべきインドシナ植民地政府は日本への協力体制をとりアンチモン・タングステン・米などの供給源となった。